出会いの少ない現代社会の中で、結婚相手を見つけるのは大変なことである。今はお見合いという制度が減ってしまい、学校を卒業してしまうと男女の出会う場は極端に少なくなる。街でナンパをするのは若者だけで、街ゆく人に声をかけるのは客引きか勧誘位で、女性に声をかける男性は先ずいない。

そんな無駄なエネルギーはもっと他のことに使うというのが今の人の様だ。女性との出会いを見つけるなら、喋るよりネットの方がいい、メールを書く方がずっと楽だし、時間もかからない。ナンパや合コンに時間とお金を使う位なら、お酒を飲まなくてもいいネットの方がずっといいというのだ。

チャットやメル友なら会って話す時間がいらない。相手がどんな人か分からないからこそ本音が言えるし、相談も出来るのだという。こんな現代社会だから人との出会いは益々少なくなる。しかし、一人ひとりに聞いてみると、みんな恋人は欲しいというのだ。やはり文字やバーチャルの世界より、人に出会いたいのだ。

出会い系サイトにまつわる犯罪については、2000年代の半ばになり、「出会い系サイト規制法」が施行されることとなり、未成年が出会い系サイトを利用することはできなくなりました。しかし売春をおこなう女子高校生が、いなくなったわけではありません。未成年の売春は現在、出会い系サイトから、SNSへ場をうつし、相も変わらずおこなわれていることは、誰でもが知る通りのことでしょう。

また悪質出会い系サイトは、取り締まりがおこなわれる気配すらありません。悪質サイトが摘発されないのは、多くの男性が、悪徳請求の被害にあっても、泣き寝入りをしてしまうからです。多くのばあい、男性は、既婚者であったりして、出会い系サイトを利用していることが、家族にバレると困ったことになる状況にあります。そんな男性の後ろめたさを、悪質サイトは徹底的に突いてくるので、被害にあう男性も、声を上げ悪質サイトを糾弾することに、なかなかなれずにいるのです。

家庭用ビデオの普及が、「裏ビデオ」の発展を促したように、出会い系サイトはまさに、インターネットが産み出した、仇花だといえるでしょう。出会い系サイトがこれからどうなっていくものなのか。それは誰一人、知る者はありません。

出会い系サイトにより引き起こされる犯罪は、もうひとつ、サイト自体に起因するものもありました。出会い系サイトが大量の男女を集めるようになったことから、出会い系サイトをビジネスとして運営する業者が、生まれたのは当然のこととして、さらにそこに、大量の悪質業者が入り込んでくることとなったのです。

出会い系サイトは現在、その95%までが、悪質サイトであるともいわれます。悪質サイトにおいては、実際に男女が出会うことはできようもなく、サイトにより雇われたサクラに騙され、最後には架空請求など悪徳請求をされ、身ぐるみを剥がれることとなってしまいます。サクラはなにも男性に対するものだけでなく、女性に対するサクラもあります。サクラの男性により、500万円を超える利用料金を、出会い系サイトに払い続けた女性が、そのサイトを訴えたのは、記憶に新しいところです。

誰でもが、異性との出会いを求めます。それが手に入りそうでありながら、あと一歩で手に入らない。そんな何とももどかしい、じれったい状態を、サクラは相手とのあいだにつくり出します。それに耐えられずに多くの人が、多額のお金を使ってしまうこととなるのです。悪質出会い系サイトは、まさに人間の心理の闇を、巧みに突いたものだといえるでしょう。

出会い系サイトは、多くの犯罪を引き起こすこととなりました。その代表的なものは、「援助交際」でしょう。未成年の女子高校生が、出会い系サイトを通じて、売春をおこなう。それ以前にももちろん、売春をおこなう女性高校生はありました。しかしそれを、出会い系サイトが強力に推進することとなりました。

また出会い系サイトで知り合った男女が、関係のもつれから、殺人事件に発展することも、決して珍しいことではなくなりました。しかしそれは、無理のないことでしょう。出会って間もない男女が、すぐにセックスをしてしまう。以前ならそれは、繁華街などにたむろする、ごく一部の男女のあいだだけでおこなわれていたものが、一般の、家庭の主婦までが、そこに参加してしまうことになる。愛憎がもつれてしまうのは、当然のことだといえるでしょう。

実際家庭の主婦に対しても、出会い系サイトは浮気のための、強力な手段を与えました。携帯電話により簡単に、誰にもバレることなく、人妻が浮気相手をさがすことができる出会い系サイト。人妻はたしかに、巨大な自由を手にしたのでした。しかしそれはもちろん、場合によっては大きな犠牲をはらう危険と、引換えの自由であったのです。

出会い系サイトは、元々は純粋に、出会いを演出するものでした。インターネットが生まれてすぐに、出会い系サイトは登場しました。当時インターネットを利用する人は、まだまだそれほど多くはありませんでしたが、インターネットが出会いを生み出す可能性をもつことに、多くの人が新鮮な驚きを感じたものでした。

出会い系サイトが爆発的な拡大を見せるのは、映画「ユー・ガット・メール」がきっかけであるといわれています。インターネットの電子メールが、新たな恋のきっかけとなる様子を、「ユー・ガット・メール」は描きました。折しもパソコンや携帯電話で、誰でもがインターネットを利用できる環境もととのってきました。そこで多くの人が、出会い系サイトを利用し、実際に異性と出会うようになっていったのです。

出会い系サイトはそれから、拡大の一途をたどりましたが、同時に多くの問題を引き起こすことになったのも事実です。出会い系サイトは、まったくの見ず知らずの男女を、引き合わせることとなります。男性も女性も、身近な人間関係のしがらみに囚われることなく、自由に異性と出会うことができるようになったのです。それは大きな自由の獲得であると同時に、問題の源でもありました。

出会いというのは、誰でもが求めるものでしょう。人間は、一人では生きられないもの。やはり誰かと出会い、関わっていかないかぎり、満足できないものなのかもしれません。

恩師との出会い。親友との出会い。出会いは人生をも変えていく力をもっています。いえ、人生を変えていくというよりも、出会いこそが、人生を「つくり出す」といってもいいのかもしれません。

異性との出会いは、中でも誰にとっても、大きな比重を占めることでしょう。同性であれば、偶然素晴らしい出会いが起こることがあったり、商売上の必要から、人脈を開拓したりすることはあっても、わざわざ好き好んで、出会いを探そうと思う人は、少ないかもしれません。しかし異性との出会いは、誰にとっても本能的に、探し求めることになってしまうといえるでしょう。

出会いを演出するビジネスは、それこそ数限りなくあるでしょう。世の中のすべての高級レストランは、ただ食事を供するところというよりも、食事を通して、人と出会い、関係を深めるためにあるといえるのかもしれません。人と出会うために、人間が費やす努力たるや、どの程度のものなのか、想像もつかないほどでしょう。出会い系サイトも、もちろんそういうビジネスのひとつです。